2019-05-14 第198回国会 衆議院 農林水産委員会 第11号
そして、場合によっては、半農半漁であったり、半漁半林であったり、農林漁がまさしくミックスしたあり方でございましたけれども、今、この法案の方向性としては、やはり林業、特に意欲と能力のある林業経営者を育成していくという目的がございますので、林業は林業として確立していこうよという方向性だと思うんですけれども、この方向性で日本全国が望ましい形なのかどうか、参考人の描かれている思いということを教えていただければと
そして、場合によっては、半農半漁であったり、半漁半林であったり、農林漁がまさしくミックスしたあり方でございましたけれども、今、この法案の方向性としては、やはり林業、特に意欲と能力のある林業経営者を育成していくという目的がございますので、林業は林業として確立していこうよという方向性だと思うんですけれども、この方向性で日本全国が望ましい形なのかどうか、参考人の描かれている思いということを教えていただければと
そこは、盛岡の中央卸売市場から青果物を入れると同時に、地域の小さな農家を回って、まあ半農半漁が多いですよ、その野菜を集めてきて販売するということもやっていたんです。
その前は、渥美半島の先端などは、半農半漁という形で、決して豊かな地域ではないということでありました。特に芋の生産は一生懸命やっていたんですが、なかなかそれだけでは御飯を食べられない。
まあ自給自足のできる半農半漁の島でございます。歴史的には、後鳥羽上皇が私の島で十九年有余御配流の身になられましたけれども亡くなられたと、そういうふうな歴史的にはございます。 私が町長に就任したのが平成十四年でございますけれども、それまで約、私はその前は議会議員でございました、十六億ぐらいあった基金、貯金が、私が就任したときには四億に減っていました。
特徴は、私のところは半農半漁、隣は漁業、そしてもう一つは牛を中心にした農業。そして経済的にも、我々が行き来というよりも、主に松江を中心に、物を買うにしても本土へ向かってのあれで、経済交流というのはほとんどないんですね。 そういう中で、私はどう考えても、十五年の十二月に任意合併協議会を開催しましたけれども、メリットは生かされない。
専業が多い、あるいは半農半漁という形態もございますが、それが一つ。もう一つは、農耕民族と狩猟民族なんて言ったらしかられるのかもしれませんが、結局、お魚はどんどん減ったとしてもその分価格が上がりますので、それでトータルの収入というのは余り減らないんだみたいなことが一時期言われたことがありました。今から二十年ぐらい前のお話でございます。
○仲野委員 私の地域は、例えば別海は日本で一番広い面積を有する町であるんですけれども、あの地域は半農半漁、沿岸地帯のところで酪農をされている。そういった場合に、本当にここをあいまいにしておけば、今でさえも、ふん尿が川から海に流れて漁業団体からクレームが来ている。例えば、昨年は異常にヒトデが発生をした、もしかしたらそういう酪農家のふん尿ではないのかなということも指摘をされているわけでございます。
沖合漁業、沿岸漁業は、もともと半農半漁、林業に生活のベースを据えて、自然環境を守りながら育ってきた産業であります。すなわち、漁は月収、農業収入は年収、林業収入は退職金に匹敵する思いで、一生懸命自然を育てながら共存、共生をしてきた実態がございます。 ジラール議長の案は、このような漁業の特質と漁村の実態を無視した暴論であります。
しかし、何回も、この前も言いましたけれども、日本は半農半漁で、農業をやり、魚をとることによって食べてきたわけで、民族の歴史というものを培ってきたわけで、そういう意味では生産者が大事なんです。
私は、半農半漁の生まれでございます。現在も、農協の組合員、森林組合の組合員、漁業組合の一組合員として組合長の任に携わっております。ほぼ三十年近くになりますが、浜の活性化のために、浜を代表して意見を申し述べさせていただきたいと思います。 先生方のお力によりまして、日韓、日中漁業協定が締結され、発効を昨年の六月において見ることができました。
○参考人(植村正治君) 冒頭申し上げたように、私は半農半漁、農林水産漁業の組合員でもございます。そういう中で成長し、親の後ろ姿を見ながら自分もそうなりたいということで、期せずして漁業者のリーダーにもなりました。 そういう中で、日本の漁業、漁村の実態は必ずしも昔から恵まれた、あるいは専業的な漁家ではないんだと。全体的に見ると、二十数%の兼業漁家ということであるわけでございます。
私は、半農半漁の家に生まれ育ち、現在も漁協の一組合員であります。 私の漁協は、昭和四十五年三月に六つの漁協が合併して成立いたしました合併組合でございます。ほぼ三十年を経過いたしました。組合員数千二百名、平成十二年度の水揚げ高は六十五億円、貯金残高六十数億円、購買、共済事業等を行う総合漁協であります。
鹿児島県に、半農半漁地域で串良町という町がございます。この串良町というのは人口が一万三千八百人、高齢化率が二八%ですので、ある程度、地域の農村漁村というようなイメージで考えていただければいいと思います。この串良町で、平成五年度、六年度と、温泉を使った医療の実験というのが、鹿児島大学医学部リハビリテーション科の田中先生という方の手で行われております。
○菅原委員 次に、漁協も農協も地域の協同組合として重要な役割を果たしておるわけでありますが、地方に行くほど、また半農半漁の地域になるほど、同じ人間が漁協の組合員でもあり農協の組合員でもある、また森林組合の組合員でもある、こういうようなのが実態でございます。
しかも、漁業だけで成り立つかどうかということについても、その地域によっていろいろ、いわゆる昔からある半農半漁というような形態もあるわけでございますので、そこは一つの目標ということで立てることは非常に難しいというふうに私ども考えております。
○小平委員 私の地元、北海道なんですが、例えば旦局地方、これらでは半農半漁というか、昆布業また畜産、こういう兼業が結構ございます。そういうところでは半農半漁、組合員の方が農協、漁協両方に組合員として加盟しておられる。その場合に、農協が漁業関係であっても融資をする、また逆のこともあり得る、そういうことが現に行われております。
種子島は、御案内のとおり、人口約四万人で、世帯数一万五千世帯の半農半漁の島であります。現在一市二町で、西之表市と中種子町、南種子町とに分かれていますが、人口の大半は西之表市に集中しております。 私の西之表市漁協は、いわゆる一市一漁協でございますが、実は昭和五十年三月一日に市内の四つの漁協が合併して、現在の西之表市漁協になりました。
特に、我が国の漁業の特性という、半農半漁という方も結構多くいらっしゃる。現に私の選挙区でも、道東を中心に半農半漁の方が随分とやっておられます。
かつては私の地域も半農半漁であったわけなんですが、もう少し多様に就労の場というものを、所得の上がるものを創意と工夫をしてみたらどうか。
津軽半島東岸の青森海岸は、青森市を初めとする一市一町二村にまたがり、背後に津軽山地の山々が迫るわずかな平地に半農半漁の集落が連なる、沿岸漁業への依存度の高い地域であります。また、波による浸食作用の激しい海岸であり、この五十年の間に三十メートル前後の浸食があったとされております。古来より人家は自己防衛策でしのいできましたが、自然の力には対抗できず、行政による護岸事業が必要となっておりました。
特にこれは農村なんですが、半農半漁の地域、海岸線というようなもの、例えば宮城県などを見ますと、菊池先生のいる周辺のあのあたりは、そういうことは全く考えられないということで計画さえギブアップしているというようなことがありまして、そこにも農業関係者はいる。というのを考えますと、これは非常にすばらしい法案でありますが、そういうところへのてこ入れがこれからは重要な課題になってくるのではないか。
しかし、関係各省共管をするということで、窓口は私の方が相務め、努力を誓っておるわけでございますけれども、おっしゃるように基本的には農業の持つ特殊性、食糧政策の持つ意義、あるいは農村、山村、あるいは半農半漁のところもございますから漁村等も含めて、そういう意味でその地域地域の活性化が図られるようにしていかなければならない。
○金子国務大臣 いろいろ男女関係のことばかり小川さんは言っておられますが、私の村などは半農半漁です。人口も減りません。青年も皆模範青年でございます。それだけに施設もよくできて、所得水準も一般の鉱工業の従事者よりも高いです。まずやはり生活を豊かにすることが先決である。生活が豊かということは、その地域社会が発展することです。
漁業の場合はどちらかというと半農半漁というような経営形態も非常に多いわけですけれども、漁業経営体数が年々このように減少している、またその就業人口が減っているという、沿岸漁業は非常にこの沿整法等で整備をされ、そしてまた振興が進んでいるにもかかわらず、水揚げ金額は上がっているにもかかわらず、やはりどんどん就業人口が減っているということですね。